何で古墳のそばって部落が多いの?
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0225日本@名無史さん
2009/07/18(土) 04:07:17洞村は神武天皇陵の陵戸の子孫の可能性が高いんだよ。
それとこれは俺の地元(東海地方のどこか)の話。
学生時代に物好きな友人が見てみたいと言うので、
何人かで近隣で有名な被差別部落の見物に行った事がある。
なおそこは非人ではなく穢多の村。
そこは元々近所に古墳がある地域だったんで、
俺はその部落は墓守の子孫の可能性はあるとそれ以前に指摘した事はあった。
とはいっても大きな古墳からは少し離れているし、
見た時点では可能性の1つとして考えていただけだった。
村の信仰の中心は例によって白山神社で小さな山の麓に建っていた。
参拝した後で見に行った内の1人が、
「あの山の上に古墳があったりしてな。」と言ったので、
「いくらなんでもねえだろ。あったら怖いよ。」と返しておいた。
この時はそれで終わったのだが、
数年後、その山の頂上で本当に前方後方墳(ここポイント)が発見された。
報告書を読んだ時は本当に背筋を冷たいものが走った。
一緒に見物に行った友人の1人に伝えたが、
「これで墓守だったのは確定ですね。」
「1600年以上差別が続いた事になるな。」
「部落差別って本当に恐ろしいわ。」
などと話し合ったものだ。
因みにこれは1980年代の実話。
墓守の子孫が被差別部落になった例は想像以上に多くあるだろうと思っている。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています