律子さんは長期的視野の立ってボウリング界改革を推進しているのです。
そのためには憎まれ役を買って出ることも厭わないのです。
律子さんを広告塔に据えて企業として知名度を向上させたDHCですが、
利益追求のあまり顧客からのクレームが殺到した現状を重く見た律子さんは、
仕方なくDHCを切り捨てました。
浅はかな連中はこれを「スポンサーを失った」と非難しますが、
現実は賞賛されてしかるべき英断なのです。
なぜなら、律子さんはスポンサーと引き換えに、JPBAの社会貢献性を優先したのですから。
すなわち、律子さんは決死の覚悟でルビコン川を渡ったのです。