評論家って何なんですか?
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0001素人
NGNG評論家とはいったい何の為に存在しているんでしょうか?
なんか自分が創ってもいないのに、作品を勝手に批評して
それで偉そうにしてるのを見ると、「何様?」と思ってしまいます。
私は変でしょうか?
0002わたしはダリ?名無しさん?
NGNGそれとも批評は全部「偉そう」なの?
ある作品の価値はそれを受容する側との間に「後天的」につくられ
るものであって、「自分が創って」いるひとだけが、あらかじめその
価値を独占する権利を持っていると、確信しているのだとしたら、
そういう態度こそむしろ傲慢なのではないかと思えるのだが。
0003わたしはダリ?名無しさん?
NGNG成り立ってんだし、別に文句はないけど、たしかに「何様?」って
思えるような批評はよく見かける。
批評ってそれをする人自身の人柄が表れやすいから、そうゆうのを
暑苦しく感じたりしてしまう。
>何の為に存在してるか・・
んー、たぶん批評家の言葉を通さないと作品を理解できない人の
ための通訳みたいなもんじゃない?
0004素人
NGNGだからその領域を経験していない(実際に創ったことのない)
評論家がそれをどうこう言うのは、私から見れば偉そうに見えるんですが。
ここに一流の批評家を一流の表現者がいたとしてある作品に対しての
批評が載っていた場合、その作品の価値が自分で理解できなかったとしたら
私だったら一流の表現者が言ったことを信用します。
0005↑
NGNG0006わたしはダリ?名無しさん?
NGNGってのは当てはまらない気がする。
けど、たしかに料理屋なんかで人が美味しく食べてるのに
横で「まずっ」とか言うヤツはムカツク。
0007わたしはダリ?名無しさん?
NGNG0008ジーザス・パスカル
NGNG0009わたしはダリ?名無しさん?
NGNG0010↑
NGNG0011ど素人の厨房
NGNGよくあることなんじゃない?
表現する能力はある価値を創造する能力であって多様な価値を理解したり、
価値を見い出す能力はそれとは別なものだと思う。
0012わたしはダリ?名無しさん?
NGNG面白い批評はそれだけで一つの作品になっていると思う。
批評も表現の一つだよ。
ただ 面白い批評って滅多にないとは思うけど。
0013わたしはダリ?名無しさん?
NGNGにならない価値があるんじゃないですか?
文学におけるアリストテレスや本居宣長、映画におけるアンドレ・バザン
とかもそうじゃない?
0014>10
NGNGそう?一行レスか。。。
0015素人
NGNG確かにそう解釈すれば、私も素直に批評を受け止められる気がしました。
それに、表現する能力と批評する能力が別個のものであるとすれば、
必ずしも一流の表現者が一流の批評家でもないことも理解できます。
しかしまた新たな疑問が・・。となると
優れた批評と優れた作品(美術館・ギャラリー・屋外等に展示されている形ある作品)
というのは別個に考えた方がいいということになって、だとすると
一つの作品に「優れた」という形容をつけさせるものって、何なんですか?
同時に、その批評が「優れている」という形容をつけさせるものって、何なんですか?
00162>4
NGNGそれから、大抵ひとは美術作品を美術史を通してしか観ていない。
評論家といわれるひとたちがある傾向、ある時代の作家を、印象派とか表現主義とかいうふうにわかりやすくカテゴライズして、
年代順に並べて、評価を定めて..というふうに、そういう苦心の仕事がなければ、今、美術館に収まってっている大半の作品は
存在していないだろう。または美術館自体が存在していないだろう。
ひとのものの見方はそうした条件に否応なく拘束される。
創り手の独創性をむやみに特権化したがるあなたの平凡な意見も例外ではなく。
0017素人>16
NGNGその領域に熟知しているかどうか。評論家は少なくともその領域を自分で
体験してみて、初めて見えてくる部分というものがあるのではないかと
思ったのです。それをやらずして外から言うのは、おかしいんじゃないのかと
思ったものですから。
>大抵ひとは美術作品を美術史を通してしか観ていない。
>そういう苦心の仕事がなければ
>ひとのものの見方はそうした条件に否応なく拘束される。
かなり偏った見方だと思うのですが・・。
そうすると、優れた作品は優れた批評なくしては存在しないということですか?
0018goatsong
NGNG人間って、自分では自由に思考してる気でいても、実は
既成の枠組みに、驚くほど束縛されているわけ。あなたが
美術に接して、思考することも、実はあなたの感性のみによって、
自由に感じたことではなく、その殆どが先人の批評家、
美術史家によって、作られてきた美意識、価値観に拠ってるわけ。
例えば、あなたが山奥で狼に育てられたとする。そうしたら、
人間界に降りてきて、芸術作品に触れたとして、ほとんど
何にも感じないでしょう。
極端なことを言えば、あなたが、短音階を暗いと感じるのは、
短音階が暗く感じられると考えてる文化圏で育ったから。
花を美しいと思うのは、花が美しいものと考えられてる
文化で育ったから。
2氏は16でそういうこと言ってるんだと思うけど。
0019ぷしけー
NGNG好き、っていうことは自覚した上であえていうんだけど、
そういう「文脈の中での位置付け」ってときどきものすごく無力に
感じるよね。
クリエイターもクリティシズムもコンテクストに沿った解釈を
必要としてるし、それでこそ楽しめる表現が殆どなのも事実。
だけど、本当に革新的な表現とか、それまでの価値観を覆すような
ものって、そういったアカデミズムとかに対するアンチだったり
嫌悪からできることもまた真実なのでは?
まさに狼少女すらハッとさせらる表現を、実は誰もが願っている
ともいえるんじゃないかな。批評を許さない絶対的な美醜、
直接的なパッション、こういったものを普遍的に具現化できる
ことを、無意識ではあれ表現者なら誰しも欲するハズ
ていうか、そうであってほしいという受け手の願望かな。あはは
0020わたしはダリ?名無しさん?
NGNG出来上がった作品はもはや作者から独立してる物なんじゃない?
一度出来上がると過程はあまり重要じゃないんじゃない?
完成した作品に対するときは作者も他人ももはや同一の地点に立ってるんじゃないかな?
作者が全くわからない作品に対しても評論は成り立つわけだし、
その評論が作者の意図通りかどうかはもはや確かめようがないわけだしね。
0021空耳
NGNG芸術家だって、自然界や人間が生み出した不条理な世界を
批評しているにすぎないんじゃないかな。
真の創造者って自然だけな気がする。
芸術家は自分の感性を通して非常に独特な表現でもって
自分の身の回りの世界を批評しているにすぎない。
だから優れた批評はあくまで優れているんだよ。
1さんがいらだつのは優れていない批評だったからだよ。
優れた批評は人に何様?とかじゃあできるの?
なんて人に言わせる余地の無い素晴らしい芸術だと思う。
そういう批評を期待しようよ。
0022goatsong
NGNG「詩人は美しい詩を書かなかった。画家は美しい絵を描かなかった。
美は、観た者の発見であり創作である」だね。
0023素人
NGNGつまり創るという行為自体がもう既に何かを批評していることになるのだと。
そういうことですよね?
しかし、私の考えているのは
例えば、ここに一個の陶器があったとして、それを批評する場合
実際に自分で土をこね、ろくろを回し、熱さに耐えながら薪をこめる作業をやったことのある人間と
それをせずにこれを批評だけしている評論家とでは、違うのではないかということです。
もっと分かりやすく言えば、プロ野球解説者が元プロ野球選手であるように。
そういうことを言っているのですが。それを体験してみて初めて分かること。
そういう部分を皆さんは認めないのですか?
0024わたしはダリ?名無しさん?
NGNGいうのと批評は違うよ。
批評とは自らを批評することであり、いかなる場合にも自分のことしか
語らない。つまりおのれの目を信じてるにほかならない。
0025わたしはダリ?名無しさん?
NGNG0026空耳
NGNG実際にやってみて初めてすごさがわかるというか。
でもそれは批評の一つのタイプにしかすぎないんじゃないの?
もし経験からのみものを分析しようとしたら
どうしてもマンネリは防げないでしょう。
何も知らない子供がふと言ったことにはっとさせられることって
ありませんか?
例えば陶器を批評するとして、
経験者はとかく技術的なすごさとかを指摘しがちかもしれないけど、
全くの素人はもっと動物的な勘で作品を捉えようと
するのではないでしょうか?
0027わたしはダリ?名無しさん?
NGNGプロ野球の話を持ち出すならばこんな例えはどう?
マルクスやアダム・スミスは別に政治をしたわけじゃないよね?
だからといってあなたは彼等の言説を否定する?
0028わたしはダリ?名無しさん?
NGNG0029わたしはダリ?名無しさん?
NGNG0030素人
NGNG空耳さんの言葉を聞いて少し安心しました。
そうです。まさに理論と実践、そして批評の問題です。<28さんお言葉を借ります。
私はこの実践の中の「実際に創る」という行為を重視している人間ですので。
確かにそれは批評の一部にしかすぎないのでしょうが
実際社会の中では、この経験しているかどうかは、かなり重要視されているのも事実。
私もこのスレを立ち上げた時はかなり評論家全てを嫌っていましたが
途中に出てきた皆さんの意見を聞いた時点で既に認めています。<15の発言で
ですから今の時点で評論家全てを否定している訳ではありません。
只、思うに理想と現実は違う訳で、現実に近い部分にいるのが芸術家で
理想に近い部分にいるのが、評論家なのかと。
0031わたしはダリ?名無しさん?
NGNGそして芸術を享受するということは多かれ少なかれ一種の批評活動だよね。
もちろん創造行為がなければ成り立たないことは確実だけど、
批評がなければ芸術が成り立たないということは忘れがちになるんだよ。
0032わたしはダリ?名無しさん?
NGNGそれは一つの”享受”のしかたの形にすぎないと思う。
0033空耳
NGNG理想に近い部分にいるのが、評論家なのかと。
ここいいですね。
そう思います。
芸術家もまた理想を追い求めているとは思いますけどね。
現実という足かせがついているのでしょう。
0034わたしはダリ?名無しさん?
NGNGあそこまで作家に重んぜられた批評家は空前絶後じゃないかな。
0035わたしはダリ?名無しさん?
NGNG00362&16
NGNG私も読書経験は自慢できるほど豊富なわけではないが、美術についての面白い
文章って結構あると思うよ。
このスレッドでも名前が挙がった小林秀雄とか、瀧口修造とか。
そうすれば、批評を全否定するようなラジカルな見解にはかならずしも達しな
いと思うのだが。
0037わたしはダリ?名無しさん?
NGNG0038わたしはダリ?名無しさん?
NGNG(朝日文庫)かなり笑えるよ。自分の言葉で書いてるところがいい
です。まあ難解なこと書いてる人もそれが自分の言葉なんだとは思う
けど。白黒だけど図版も多いです。「自画像の前にいる大谷君」は
特に笑えた。
0039空耳
NGNG読みやすいし、自分勝手な解釈に
頬が緩む。
0040わたしはダリ?名無しさん?
NGNG自分は率直に意見するのを遠慮してるのに、お前の慎みのなさは何だ..って。
0041わたしはダリ?名無しさん?
NGNGごめんなさい、ちょっと意味が通りにくいんですが、
「(物書きという意味の)作家が美術作品をけなすことに対して、
他の物書きが腹を立てる」という意味でしょうか?
0042わたしはダリ?名無しさん?
NGNG0043わたしはダリ?名無しさん?
NGNGホ网ィ、ミ・ネ・゙・ス・ネ、ォ。」
0044∵б
NGNG受容美学というのがあるらしいな。
このスレの16とか俺だ。古いスレッドが残ってるな。「DAT逝き」じゃねえか?ふつう。
0045わたしはダリ?名無しさん?
NGNGそんなことを専門にしてるような奴は才能がないだけ。ギターを弾く奴はギタ
ーを弾いて飯を食っていなきゃ。音楽好きが音楽の作り手にかかわれないよう
でどうする?楽器商やレコードの店員は皆諦めた人間だ。」と言っていた。
私も若かりし頃はこの言葉を真に受け、クリエーター以外の人間には絶対に
ならないと思ってきた。随分狭い、甘ったれた、失礼な考えだと今は思う。
私は 批評家(評論家と一緒にさせていただきますよ。)も、創作家にとっ
って芸術活動のよきパートナーだと思う。わがままな芸術や自分の世界でし
か活きていけない表現者は人に感動をもたらさない。表現物は一度自分の手
を離れたら もう自分だけのものではないということを表現者はしっかり自
覚すべき。「なにもいわせない。なにもいわれたくない」態度は 表現者と
は呼べない。そう考えると表現者は製作に一生懸命になれる。中途半端な仕
事はできなくなる。もっと人の目を気にしよう。あれこれ言われるものこそ
面白いのではないか?
0046わたしはダリ?名無しさん?
NGNG騙されないように気をつけましょう。
0047わたしはダリ?名無しさん?
NGNG0048its
NGNGたまたまLRの23号めくってたら、小倉正史の講演が載ってた。
「美術批評はジャーナリズムの一種であり、その書き手もジャーナリストの一種」
だそうな。
確かに銀座とかの画廊で新人がパッと個展開いても、何らかのメディアに
取り上げられなきゃ一部の人たちの内輪受けで終わりだ。
もちろん批評家にはある種の権力があるから、価値判断には慎重でないと
いけないだろうけど、客観的な批評なんて絶対にありえないから評価が
偏るのは仕方ない。(ってなことが書いてある)
でもジャーナリズムの俎上に載せられた時点ですでにその作品について
多くの人が語る可能性が示されるわけだから、その作品にとっては幸福と
いえるんだろう。きっと。
小説家の筒井康隆が、エッセイか何かで評論家、批評家に対して
「ウダウダ言うんなら、お前らが小説書いてみろ」みたいな文章書いてたのを
読んだことあるんだけど、1>>さんは、きっとそれと同じことが言いたかったんだろうなあ。
0049its
NGNG小林秀雄-江藤淳-柄谷行人という大木があるようだけど、
小林も江藤も創作には携わっていますね。
美術にはそれが見当たらないのも不満のでる原因なのかな。
まあ、文芸と美術を比べてもしょうがないけど。
0050w
NGNGあと、知られてはいないが、若き日は、自称作家だったという美術批評家もいないと言う訳ではありません。
というか、小林の小説とか蓮實の幻の小説とか、酒の肴として読む人はいるようですけど、、
0051its
NGNG>あと、知られてはいないが、若き日は、自称作家だったという美術批評家もいないと言う訳ではありません。
ここだけの話、教えて欲しい。岡崎、、、とかはバレバレか。
>というか、小林の小説とか蓮實の幻の小説とか、酒の肴として読む人はいるようですけど、、
たしかに、、、メインストリームではないですね。
まあ、創作してたって既成事実が重要かな、なんて思ったりして。
0052w
NGNG市原某(私は、この人の作品自体はみたことないけど。。)とか、
他にも居たと思ったけど、やばそうな人についてはあえて言及しません。
>創作してたって既成事実が重要かな、なんて思ったりして。
そのレベルだと、滝口修三とか、東野芳明とか、皆さん素人芸ですが、
俳画というか文人趣味というか、、そのような伝統に居直ってしったかのような人達もいますし。
それを、傍迷惑と採るひとがいないというわけでもなかったようですけど。
0054.
NGNG0055わたしはダリ?名無しさん?
NGNG0056はじめ
NGNG0057わたしはダリ?名無しさん?
NGNGL. R. って何ですか?
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