食べるものも、着るものも、暮らす街も、病院も、
すべてが巨大化したシステムから生まれるもので覆われました。
全国の流通ルートに乗って配達される食べ物を食べ、
縫い賃の安い労働力によって作られた服や、100円ショップの品で家は埋まる。
どこに行っても同じやり方、同じ景色、同じ店、同じ病院、同じ食べ物、同じ音、、
重大工業が生み出してくれたオートメとシステムに乗って、一見、豊かな物に囲まれた私たち。
しかし、そこにあるものは、皆同じ顔、、同じ表情、、
コンビニでおいしいモノを探しても、結局は工場で作られた大量生産の品の中から選ぶしかない。
コンビニに限らず、どこでもそう。皆同じ物、、、同じ表情。
最近の子供たちは、もうお菓子になんか見向きもしません。
大人も同じで、コンビニ弁当にもシステムで作られた食べ物にも、
もう誰も感動しなくなってきている。
一瞬流行しても、結局はすぐにあきれる。
仕事も同じ。どこに行っても同じで、やりがいなど見つけることが無理。
結局は上が売上と利益にしか関心がないのだから、極めてコンピュータ的な
発想で部下やバイトを締め付ける。
上も管理されているわけで、社長ですら管理されてる会社がほとんど。
上も下もサラリーマン根性の時代になっている。
サラリーマン根性が悪いとは言わないが、仕事も考えもオートメ化されていることは確か。
そして、そこに参加する全員が、本当はいやだと思っている。
バイトはおろか、雇われ社長ですら、会社に本音では行きたくない。
怖いから仕事はしてるが、本心ではそんなにはやりたくない、と。
ブラック化する企業が多くなるが、その大本には、システムと重大化、流通化、
合理化された考えが基本にある。
現代システムを動かす動機は儲けだから、どうしてもワンパターン。
心を動かす繊細なものに出会わなくなる。