既に初期ストア派のクリュシッポスが、ノモス(慣習)とピュシス(自然本性)を対置し、後者を前者に優位させる[9]。

次はもっとも愚かな見解である。
すなわち、国民の習慣や法によって定められていることはすべて正しいと考えることである。
僭主の法でも正しいのか。
…(中略)…人間の共同体を一つに結びつけている正しさは一つであり、
それを定めたのは一つの法であり、この法は命じたり禁じたりする正しい理性だからである。
この法を知らないひとは、この法の書かれているところがどこかにあろうとなかろうと、不正な人である。

? キケロ『法律について』第1巻42