コンピュータは物質で作られてるけど、
コンピュータが扱ってる論理・情報・演算といった理論的要素そのものは、
その物質とは別物ではないか?

と言う疑問?

その疑問は一面では正しい。
人間の脳がやってることが本質的には演算であるならば、コンピュータ上でも同じ事が出来るはずだ、
というのがAI支持者の基本的な論拠であるから。

で、なんでそこから物理法則とか唯物論の話が出るかというと、
人間の脳のやってる事は演算に置き換えられる、というのは、
人間の脳の動きは物理法則で説明できる、というのと同義だから。

物理法則ってのがそもそも、物質の動きはある種の理論や演算で説明できる、というものだからね。

だからもしも人間の脳の挙動に「魂」のような、
観測もできない、演算に置き換える事もできない「何か」、が介入していれば、
これをコンピュータ上で再現できないし、それが知性や意識にとっての肝心要な所ならば、それも実装できないということになる。

一方で、その「魂」と思しき物がもし演算に置き換え可能なら、それは妙な存在ではあるけど物理法則の範疇ということ。