>>417
んー、国によるかも知れない。もう少し踏み込んで言うなら、
科学技術進歩に対する国民の見積や期待がその国の科学技術力によって違うからかもしれない。

例えば、アメリカと日本とでは、総合的な科学技術開発能力を比べるとアメリカが上だと思われるが、
少なくともアメリカでは、1988年の『電脳生物たち』(モラヴェック:著)の頃よりは2005年の『ポスト・ヒューマン誕生』(カーツワイル:著)以降の方が、
シンギュラリティを肯定的に捉える人が増えているように思える。(統計を取ったわけじゃなく、Amazonのレビューを拾い読みしただけだから、印象でしかないが)

一方、日本では、最近になってようやく日本人の科学者の中にこの問題に関する著作を出す人(例えば、『2045年問題』を書いた松田卓也 氏)が増えてきたばかりで、
身近にいる面と向かって話せる人にシンギュラリティの話題を振ったところで、大抵「(゚Д゚)ハァ?」となるのがオチだろう。
で、2chでその手の話題に関心を持つ人達が集まってそうなスレ(例えば、ここ)を覗いてみるも、
関心を持っている日本人がまだまだ少ないから、シンギュラリティを肯定的に捉える人も少ない、と。

たぶん、今の日本におけるシンギュラリティ関連の著作に対する反応は、1988年のアメリカと同レベルなのだろうね。
だとすると、おおよそ四半世紀ほど遅れているわけだ。
(アメリカでモラヴェックの著作の初版が出た頃は、カーツワイルの場合よりも、酷評する書評を感情的に書く人が多かったらしい)