この話は何度か書いたと思うんだけどなぁ。

俺はカーツワイル自身じゃないけど、「このくらいならありそうと多くの人が考える年数」とか、
「このくらいなら注目を浴びられるけど、もしも起きなくても自分の損失にはならない」とか、
そういう年数を選んでるんだよ。

当然、ある程度の根拠はある。
計算機によって、妥当な価格で脳程度の処理のシミュレーションができるくらい、とか。

共産主義の五ヶ年計画のように正確なものじゃない。まぁ、あれも計画にあわせて尺度や
暦を変えるがごとき詐欺だが。

あと、技術的特異点というのは、「その辺から、人智による線形的な予測が通用しなくなる」
(何故なら機械による思考が文明を発展させてしまうから)という話であって、端的に言うと、
「そこから先は何が起きるか読めない」ということだけ。