ふと思ったが、
遺伝子と文化(ミーム)の共進化という
「行き当たりばったりな方法」で
「人間の脳程度のハードウェア」に
「そこそこ役に立つ、外界に対する認識及び行動決定ソフトウェア」を
自然が実装出来てしまっている、
というのは驚嘆に値するな。

錯視の事例とかで、同じ波長の光を出しているはずの画素集団が、隣接する画素集団次第で、人間には違う色に見えてしまったりというのがあるが、
そういうのを見ると、
「錯視とは、人間の脳程度の貧弱なハードウェアで外界の空間・色彩・運動の情報をどうにか処理できるようにした結果、ソフトウェアが抱え込むはめになった仕様上の限界もしくはバグ」と思えてくる。