どうも脳を含む体の生命活動の結果としての意識の流れ(過程)だけをコンピュータに記憶させると
いうことではないらしいね・・・

1.意識自体(意識作用を生む実体)が生命体とは別に在るのだという仮説にもとづけば、コンピュー
タに頼らずにすでに非物質的な意識体(魂)として実在することになる。

2.コンピュータに頼らなければ意識が現出しないとすれば、意識はすくなくとも物理的活動による所
産であることが前提となるので、「意識自体」を組み込むことを考えるのは矛盾している。

3.自らに対する意識とともに、何かに対する意識がある。
自分たる「この体」と、「これ以外の存在物」を区別でき、どのような状態・状況にあるか分るという
ことが意識であり、意識作用(意識できる働き)の事を意識自体と呼んでいるのなら、コンピュータに
そのような機能を組み込んでも「人間の意識」にはなりえない。

4.コンピュータに意識作用を組み込むと、そのコミンピュータが新たな「自分」となる。
むろん、外部的な刺激(感覚)無しに意識だけ成り立つというのは考えにくいし、1人の人間として生きていた記憶をもたなければ、自分が存続することにはならないだろう。
それらの機能を含めて自己意識があるということは、身動きできないし、話す事もできないという不自
由さの思い・意識に苛まれる事になるだろう。