>>259
時間が一方通行でなかったら、仮に今この瞬間A→Bの事象が起きるとして、
その事象そのものをどう捉えるのかという話になると思う。

時間というものにはいつだって、「今」しかない。
例えば「今」の世界を織りなす情報を保存して、あとで(一時間後に)再生したとき、
それが実は一時間後だとは誰にも分からない。誰もが「今」が初めて訪れている認識するだろう。
この場合、タイムスリップとは言わない。今、誰にとっても初めて、再びw、A→Bが起きるだけだ。

しかし、タイムマシンの場合は違う。
例えば「今」の世界を織りなす情報を記憶しているモノが、「一時間前」に移動したとき、
移動した一時間後の人物だけが、「今」が一時間前だと知っている。

この場合、今という時間と、一時間前という時間は繋がり、同じ「今」になっている。
その瞬間、A→Bという現象が起きようとしたとき、その人物は止めることが出来るだろう。

ここで親殺しのパラドックスを考える。自分の生まれる前にタイムスリップしたとしよう。
そして親が「自分」を産むのを邪魔をする。しかし、それが今の自分に何の関係があるだろう?
だって、自分はこの親から生まれるわけではない。既に生まれた後なのだ。
今という時間の中に、すでに自分はいる。親から生まれる必要はない。
もう既に「在る」のだ。「今」という時間の中に。

パラレルワールドなど考える必要はない。今は「今」であって、それ以上でもそれ以下でもない。
自分の生まれてこなかった世界? 自分は既に居るではないか、今、ここに。
自分の生まれる世界? 自分が経験してきたではないか、今までに。

時間というのは、「自分」の事だ。自分と共に移動する。要するに、時間=自分。
他者と比較するから流れるだけ。


なんて書くとまた噛みつくんだろうな w