どうやらなにか視点の違いを感じるのだが。
>>42の文には当方も納得なのだが、私はこの一連の流れで波動関数の収縮に触れたことはない(>>42の言うとおり科学的に無意味だから)と思うのだ。

私の言った「2重スリット実験の正当性とその結果」とは
 波の性質と粒子の性質の違いを利用したものである(この二つについてはいまさら覆せない)
 結果、波と粒子の両方の性質が検出された
 結果2、干渉紋から、空間に複数の可能性が重なっている仮説
 仮説 観測するまで可能性、観測者が観測することで一つに決定するという仮説
 真事実 観測する人間も被観測物である
 最終仮説 観測者も含めて世界のすべては可能性の集合 
ということ。

おそらく>>42は上記の“観測者が観測することで一つに決定するという仮説”のことだと思うのだが。
先のHPの中でも触れられているように、“波動関数の収縮”とは関数の間違った使い方から出てきた間違った問題なので、問題にならない。

次の行は自論だが
だって、観測者も多重に存在するんだから“収縮していない”と思うんだ。