>>544
だからさ、その手の非常に判断の難しい議論をしている、という前提に立ちたいのならば。

君は、どんな証拠があれば間違いなく行ったと判断できると思っているの?
という問いに答えを示す必要がある。

いいかい?
簡単に言えば、もはや、哲学で取り扱うような領域を、意識もせずに日常に持ち込んでいるのが間違いなの。
君は意識することもなく、唯物論的立場に立脚して「客観」の存在を信じているから「証拠」と簡単に言ってし
まい、それを観念論的立場で解釈しようとするねじれが生じているの。
例えばね。

>いまこの地球に行ける人は誰一人居ない訳。
君の立場で言えば、実際に、今いけるとして、何か状況が変わるのだろうか?
物的な証拠がある(宇宙船そのものや月面に立つ旗etc)が、それがあることで、当時間違いなく人が行ったという根拠になり得るのだろうか。
君は際限のない「可能性を追求する立場を是としている」から、いくらでも偽造や捏造だと言える。

さらに言うならば、目に映るすべてのもの、さわれるすべてのモノ、おいしい食べ物、熱い風呂、楽しい音楽、数学や物理。
みーんな、「君の脳」が作り出した幻想なんだよ。リンゴを「見て」リンゴであると認識するのは君の脳。赤の由来はわからないわけ。