>>48
 ちょっと本能というものの役割を勘違いしているようだな。
人間のすべての行動への衝動は本能からきている。教育を受けたいと
思う知的好奇心も本能的なものだ。闘争本能も本能のうちだが、
共同生活、社会生活を営みたいとか平和を求めるのも本能のうちだ。
人間はまず、動物であり、生き物であり、本能は生物の成り立ちの
根幹をなすものだ。生き物の本質といってもいい。パソコンで
言えばプロセッサであり、自動車で言えばエンジンだよ。知性や理性と
いわれるものなど、比喩にあわせれば、アクセサリや表面の塗装の
ようなもの。本能によって突き動かされる人間の行動を装飾している
程度に過ぎない。
 本能から開放された人間がどうなるか、お教えしようか?
ヤク中をみろ。
 脳を有する動物は、本能の要求に従ったとき脳にご褒美の麻薬物質が
分泌されて、幸せな気分になる。あらゆる「幸せ」の正体はこの脳内麻薬
物質だ。つまり脳を持つ動物は皆ヤク中で、この「ヤクの幸せ」を
手に入れるために、必死にがんばる。
 だけど、さかしい人間はこの脳内麻薬物質に似たものを人工的に合成して
いつでも好きなときに「幸せ〜」な気分を手に入れられるようになった。
で、それを使って本能の呪縛から開放された人間が、どうなるかっていう
と注射うって「いつも幸せ〜」になること以外、何も考えないし何の行動
も起こさない、生きる屍。
 生き物は生き物、本能に従って生きる道にこそ幸せを感じることができる。
それに決別することはできるかも知れないけれど、行き着いた先に
今われわれが感じるような「幸せ」はないよ。