>>462
言語というシンボルを学習するプロセスが、遺伝的にプリセットされているから、
人間は脳内に言葉を話す脳力をインストールできるように、
擬人化されたシンボル=神様を学習するプロセスが、遺伝的に用意されているから、
人間は脳内に宗教的な心の文化をインストールすることができるみたいです。

宗教や神に対して、日常は無関心な現代の日本人でも、
お正月になれば、神社に初詣に出かけて、なにか願い事をしてみたり、
結婚式を教会でやったり、お葬式をお寺で行うなど、
どこかで自然と、宗教的な行動の名残が出てしまうようです。
特定の宗教を信じているわけではなく、
神様なんて空想の産物と科学的な視点から割り切った考えを持ってはいても、
どこか心の片隅に、神様の姿が見え隠れしてしまうのは、
神を信じる心が、人間にとって半ば本能的なものだから、と考えるほかなさそうです。

神話というものは、世界中のありとあらゆる民族それぞれに、
固有のものが伝承されていた様子です。
これは、言語が、世界中のありとあらゆる民族それぞれに、
固有のものとして伝承されていたことと、ほぼ同じ傾向のように見えます。
シンボルの体系というものが、人類にとってそのようなものだから、と考える他ないようです。

民族固有の神話を創って伝承する文化形態を持つことは、
じつは遺伝的に定められている、人類の行動パターンということになりそうです。
動物的な本能とは異なる、社会文化を形成する、より高度な遺伝的な因子を、
本能と区別するために、遺伝子記憶と仮称して、以降の話を進めてみます。