>>451
ユダヤ教の、水を用いた洗礼方法とは異なる、
新約聖書に記されたキリスト教の火と聖霊を用いた洗礼方法は、
御指摘のように、今日まで伝承されなかったようですが、
東洋の魔法使い(シャーマン)としての視点からならば、
一通り類推することぐらいは可能です。

この場合の聖霊とは、魔法円など、何らかの方法を用いることで、
潜在意識の中から呼び出した、ある種の象徴的な幻視されるビジョンでしょう。
新約聖書の中には、イエスの弟子達が、眠気を催したようになった直後に、
大天使のビジョンを見たといった、興味深い記述が認められます。
これらのビジョンの誘発に、催眠誘導の手法が用いられていたことが推察できます。

炎は、催眠などの手法を用いた、幻覚を見やすいトランス(変性意識)状態への、
心理誘導用の小道具として使われる例が、世界各地の宗教儀式に認められるので、
火と聖霊によるバプテスマは、直感像を見やすい夜間に、炎が焚かれた場所で、
聖霊なるもののビジョンを幻視する体験を通して、行われたものと思われます。

イエスは、ユダヤ教を宗教改革しようとして、志半ばで処刑された人物のようですが、
従来のユダヤ教の水を用いた洗礼方法と対極に位置する、
拝火教系の、火を用いた洗礼方法を採用することで、
自身の革新的な宗教スタイルを、アピールしようとした、とも考えられますね。

とにかくここで重要なのは、原始キリスト教の世界での、神との契約には、
聖霊という、幻視されるシンボリックなビジョンが用いられていたという点です。
霊を見る体験をして、契約を結ばないことには、この種の宗教は始まらないようです。