神とは…
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0435オーバーテクナナシー
03/03/25 12:05ID:I4zk0SHL神様は、精神文化の担い手であって、物質的に実在するメリットなんて皆無のようです。
だから、宗教儀式上に現れる神様の正体が、実質幻覚だったとしても、何ら問題はありません。
強磁気を帯びた磐座を前にして、神楽を舞うときに、心の中から想起されるイメージが、
人によって様々に異なり、幽霊が見えたり、妖怪か見えたり、神様が見えたりする、
その現象はつまり、強磁気を帯びた磐座が、
潜在意識の世界に埋もれたイメージを、意識上に導き出すための、
心の鏡として機能していることを意味します。
精神修養を積んでいない人が、幽霊のようなものを見てしまった場合、
見えている幻覚は、無意味なノイズに過ぎないことも多いようですが、
心の修行を積んでいくと、磐座の磁場は、自分の内面を顕に映し出す、
心の鏡として、正しく機能するようになります。
精神修養のために、有用に活用できる、深層心理からのイメージを提供してくれるのです。
潤いのある、豊かな心の文化を求めるのならば、
己の心を磨く、精神修養のために、心の鏡となるアイテムを持ち、
瞑想の技術を発達させていくことも、重要になってくると思われます。
自分の深層心理は、無味・無臭・無音・無温・無感触の、無形のもので、
五感を用いても、直接自覚することができない、一見すると不可知の存在です。
しかし、深層心理を映し出す心の鏡があれば、
想起されたイメージから、様々な心の内面の出来事を、知ることができます。
座禅などの、自身の心の中から生まれてくる雑念のイメージと対峙する瞑想法もありますが、
これらの静的な瞑想法には、歩行禅などの、
体を動かす修行法をプラスすることができることが、古来から知られています。
強磁気を帯びた磐座の周囲で、歩行禅を行ったり、神楽を舞うことで、
静的な座禅よりも、より高度な瞑想体験が、可能になってくるわけです。
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