>>危険予測、危険回避、危険推論、等には疑問が残る

もちろんそれは最後までこだわるべきところなんだけど、
人間が運転するのよりも遙かに危険である、というレベルなのかどうか、
年間1万人も死なずに済むのはどっちの方法なのか、というのは
ソフトウェアの技術が上がるたびに議論に乗せる、くらいはしてほしいものだ。

たしかに公道は結構な複雑系だとは思う。
しかしそれは自由主義で規制が緩いからであるという側面は忘れて欲しくない。
スピードも台数も車の種類も、野放図としか言いようがない。

結局はニーズと意識次第だ。
交通・経済モデルが古い現状では、入れ物的にはOKでも実現は難しいのは確かだろう。
そもそも完全自動運転という状況下で、乗っている人間に責任が及ぶ、ような立法の感覚まかりとおっているなら
確かにコンセンサスが成り立っていない現状なのは間違いなさそうだ。