最初は単なるドジなさまを演出しただけかと思ったけど、これから先に待つ運命とか
この世界の未来とか、息子の将来とか、いろいろ気にかかることがあって、
そんなことを考えながら、ついぼーっと歩いていた、ということを
表現したかったのかな、なんて考えてしまった。
 あるいは、もしかするとこのあたりでパパスはすでに自分の死を予感していて、
それを間接的に暗示していたシーンだったのかな、とも思ったりして。
 深読みしすぎかもしれないけど。