まず超能力や霊能力を信じる信じないを思う前に現実というリアル思考から考えような、
みんな凡人じゃそこまでっていうことを考えることはないと思うが、
超能力や霊能力を持ってる人を見た、あるいは自分の過去世を当てたとか
手を使わずにものを浮かばせたり曲げたりしたとか、
この世の中現実で見たやつてのは居ると思う、
だが、自分でそれらを認めたとて何をする?
何を考えたい?
何をしたい?
面白半分か?
ただこれだけはいえることがある
たとえどんなに強い超能力があろうと霊感能力があろうと
所詮人は人、自分の見える範囲、見えた範囲でしか判断が出来ないのが現状だ。
人を超えるなんてのは無理なのよ
たとえ超能力で今まで見えなかったものが見えたとしても、
結局それを判断するのはその見えた本人の考えと判断だ、
その判断は結局は本人、人間の判断でしかないのだわ、
人間は目に見えるものは自分の物差しでしか計れないし
見えないものには憶測や予測で”こうだろう”または”こうであろう”
でしかない、
これはどんなに突き詰めてもたとえ超能力を得ても同じ思考の範囲でしかない。

枠を超えられんのだよ。
超能力も結局は自分の手の届かない領域に手が伸びたと言う範囲、それ以上伸びなければ底の範囲でしかない。
つまり手足の延長のような状態でしか無くなるのが人間の現状だ。

俺も”見える”と言うやつや霊感があるんですよーと紹介されたやつを見てきたが、
どいつもこいつも自分の定規でしか何も思考が行き届いてねーのよ、
”見えないもの”にたいして”わたしはこうである”と言う言い方するやつは
この世の中何万人も居る、

だがどんなやつもみんな自分の見えた範囲でしか”悟りだ”何だと抜かすやつしかいない
結局てめーの中で判断した勝手な定規での範疇さ、
およそ見えない奥行きの中のその奥のそれのまた先のことを誰も見ようとしても全部みえるやつなんて居ないのよ、

物体を曲げる力、超能力で人の病を治す力、あればそれはすばらしいと思うが
結局人が行える範囲ってのは手めーの持ってる手の伸びる範囲でしか行えないのが現状、

持てば持ったで今度はその中の考えに縛られて思考の自由の利かない哀れな廃人のなり上がりにしか成り立たない
超能力なんてものそれも持つことが出来ても出来なくても、人間では所詮己の目の中頭の中に入ってきた知識以外では何も判断することが出来ないのが哀れな人間の現状なのさ。

超能力を持つ、信じよう、信じないじゃねーんじゃね?
結局面白半分なつもりなら、死んじまう前にやめときな
もっと科学的に知性と理論的な判断と現実知識をためて、超能力ってものを自分の角度以外から考察してみたらどうだ?

”人間は自分で目に見えないものは否定し、目に見えるものは自分の物差しで計る”哀れな脳思考の欠陥品、未完成の思考なんだよ
超能力者でも”人間は自分で目に見えないものは否定し、目に見えるものは自分の物差しで計る”というそのあたりはどうしても付いて回る
脳内に映る”見える”範囲の限界はどうしても残るのさ