>>96
> つまり斉藤一人にコバンザメの如くまとわりついて己の教義を宣伝してるわけだw

教義を教えているというのとはちょっと違うね。
伊勢白山道は、脱宗教・脱スピリチュアルだからね。
「教義」というのであれば、新興宗教やスピリチュアルで用いられている「教義」の本当の意味が分かるということになるだろうね。
斎藤一人信者であれば、一人さんの言っていることと似てる、もしくは同じだなと思うと思う。
俺がそうだったからね。
だから斎藤一人信者にはすごく入りやすいと思う。
でも、「教義」の説明については斎藤一人の方が分かりやすくて面白いと、最初は思える。
ずっと読んでいくうちに、同じものを斎藤一人は誤って伝えているのだということに気づくだろうね。
斎藤一人の方が分かりやすくて面白いのは、それが間違っているからだということに気づく。
その段階でその人は、斎藤一人はおろかあらゆるスピリチュアル、あらゆる新興宗教との関わりを断つだろう。
そしてやはり苦しくても辛くても、一見何の良いことが無いように思えても、「現実」だけを相手に生きていくべきだと決意するだろう。