悪魔の論理の次には聖トマスの不信について書かれている。
それらは読んだが、とりあえずここらでこの本は閉じる。
出がけに抱えてきた本は2冊。一冊がこれ、もう一冊は同じ著者による
「人間集団における 人望の研究」という本。
別にこの著者が俺のお気に入りということはないのだが、文脈の流れというか、
思考の流れというか、そんな気分な俺の目が俺の本棚から感覚的に選んだ本という感じだ。

それにしても、沢山の本を買いあさる時期があり、全く読まずに本棚に置いておく、って
我ながら「揃えることで学んだつもりになっている」のかそうなのか、俺?馬鹿じゃないの?と
自分に問えるのだが、どうやらそうではない。

どうやらそうではないことを、偶然を辿るなかで感じている。
タロットカード(本)を本棚から一枚引く、というような感じか。
そのうちに、閃きに留まらず、本に留まらず、あらゆるものがその「偶然」のカードとなるのだろうか。
疑問文で終えると、上で言った扇動の論理を意識してしまって、どうもあれだな。

2冊目の本は、俺の文脈からは、誰もが第三の目を持った社会、
著者の文脈では学歴・地位・階級が意味を成さなくなる平等社会、
このデュアルイメージで俺は読んでいく。
序盤、どうもやはりなのか、ユダヤの話のようだ。