名無し君が上のほうで言っていた、情報の開示が「悪用」を招くという懸念、
この懸念については、名無し君の意見とは捉えずに、比較的一般的に行き渡った見解として考えるが、

人に情報を開示してもらわないとその情報の有用性に気がつかない人達は、
うまいこと悪用できるようになるまでに至らないだろうと思う。

まず、情報の意味を捉えられるかわからない。
次に、自己崩壊、自我崩壊などを通過するのだから、
精神的に強い、若しくは既に芯が確立されていないことにはここでとまる。
情報をまず自己の中で、そして他へ応用できるのかわからない。
ここから先、他だけを的にした精神では辛いだろうと思う。
ここまで来れば、道理に適ったことをするしかなくなる。善くも悪くも。

また、一般的見解が危険視するような「未来の悪用者」は、他人が開示しなくても、自分で発見するに違いない。
であるので、悪用への懸念は、自己を投影した自己の恐れのひとつの形相に過ぎないだろうと思う。