何かにより大切な相手を失い怒りや憎しみに
覆われる事もあるだろう。

大切な相手を奪った相手に同じ思いをあじあわせたい
と考える事もあるかもしれない。

しかし仇をうっても悲しみも怒りも収まらず
何故、じしんがこんな思いをしなければと
思い続けるかもしれない。

大切な相手を失った場合、天国にいるという
のをよく耳にする。

大切な相手が天国で幸せに待っていると思うなら、
修羅の連鎖でなく天国へ向かう努力をすべきであると
思うのかもしれないが、簡単ではないのだろう。
これもひとつの矛盾かもしれない。

なんとなく書いてみた。

※.
何か誘導してみるというのがでてきて
いつもの方法では書けなくなっている。
誘導か・・・。

そういえば、よく神が試練を与えるというが、
大切な相手を奪う者、それに加担する者は
神なのか。
大地をじしんの物であるという者も神なのか。



死体をさして仏さんというものがいる。
仏教徒の中には仏になる事を目指している者も
いるかもしれない。

それは自殺すれば仏になれるという教えか?


大地の奪い合いで戦いがおき、憎しみや悲しみの連鎖もあるときく。
日本のテレビ放送企業も箱根オリンピックマラソン?の
間に少しだけ放送していたようである。




大切な相手が地獄におちるというような事をしてしまったなら
じしんは、それこそ神となるよう努力し救いだそうとするのだろう。


君は神か?
宗教を利用して悪事を働いたら影響は大きいだろうな。