S53宮城県沖地震、よーく覚えてるぞ
ベニーランド前にあるマンション2Fの歯医者で被災
医療器具が飛び散る音、歯科助手たんに降り注ぐ大量のカルテ、
治療室に居た小学生を呼ぶ声なんかを見聞きしながら、
待合室で揺れが収まるまで耐えた
背後の窓ガラスが割れるんじゃないかと、少し移動しようとしたんだが
立ち上がることも出来なかった。無理して立っても多分転んで怪我しただろう
あの場所は当時の尺度で震度6相当だったと思う。発表は5だが

地震後、バス停に行ったら厚さ40センチぐらいの石塀が倒れてた
もし揺れたときにバス停に居たら、俺は確実に死んでた
直後に到着したバスに乗って帰宅
家の中はかなり酷いことになっていた
停電、断水。風呂の水でトイレを流した
学校へ行ってきたという近所のPTAのおっさんが、
明日は休校になったと知らせてくれた
プロパンガスは恐くて使えなかったが
翌日だったか、ガス屋が点検に来て使用可になった
一度だけ給水車が来たので、家族全員で鍋釜ポットを持って並んだ
停電は1週間近く続いた気がする
家を点検したが、外壁数箇所にひび割れ、土台ごと傾いてサッシ窓が
きちんと閉まらなくなった(クレセント錠かけるとちゃんと閉まる)
などの被害があった。援助物資やお金は何も貰っていない

地震の翌々日からは普段通り学校に通った