カジノ誘致は、当初、フジテレビを傘下に持つフジ・メディア・ホールディ
ングス(フジMHD)が、日枝久会長の陣頭指揮のもと社運をかけた「お台場
カジノ」がリード。

一時は、カジノ第一号は間違いない、といわれたものの、カジノ法案の成立
が遅れ、その間に、旗振り役だった石原慎太郎都知事が衆院への鞍替えで退
し、後継者の猪瀬直樹氏がスキャンダルで失職。その次の舛添要一氏が、カ
ジノに関心を示さなかったこともあってしぼんでいった。

その隙を突いて、急浮上したのが、山下埠頭の約50ヘクタールにカジノを誘
致するという「横浜カジノ」である。

林市長が14年の年頭会見で誘致を表明、4月には市役所内にプロジェクトチ
ームを編成したが、ローカルな動きを後押ししたのが菅官房長官だった。

「横浜をプッシュしたいがそれでもいいか」と、舛添都知事に“仁義”を切
ったうえで、林市長とともに、カジノ運営のノウハウを持つセガサミーホー
ルディングスの里見治会長と会っている。


それをさらに後押ししたのが、山下埠頭の「横浜カジノ」と東京や羽田空港
へのアクセス権を持つ京浜急行電鉄のIR事業への進出表明。そしてなにより、
「ハマのドン」の決断だった。カジノ推進派の二階俊博氏が自民党幹事長に
就任。菅氏同様、二階氏とも親しい藤木氏が、二階氏もプッシュした。