>>404海底の次はそれか(笑)
低知能がゆえの歴史捏造もいいところだな。

豊臣秀吉が石山本願寺跡に大坂城を築城時に大勢の家臣団や武士がこの地に集まり
武器・武具から食料・生活用品などが大量に必要となったので、
平野や堺、京都、伏見から商業者を強制的にこの周辺に移住させ、急速に城下町の整備を進めた。
平野町、伏見町といった町名はその名残りである。
その後、船場周辺には船宿、料亭、両替商、呉服店、金物屋などが次々に誕生し、
「政治、経済、流通の中心地」となり栄え始めた。

そのころ、トンキンは人の寄り付かない災害だらけの極東の荒れ地「穢土(エド)」な。