このあたり、ITOKENSTEINの博士論文を読んでも、あるいは『ExMusica』での対談でも、
そして彼の読売日響での作品を聴き、その意義付け・能書きを読んでも、まったく釈然としません。
彼自身が、「まだ研究が初期状態」と言い続けているわけですが、日進月歩の技術的躍進のなかで、
数年間初期状態が続くというのは、いかがなものか。

 知覚一般の研究成果や研究上の興味深いトピックが増えるだけでは(それはいつでも本当に
面白いものなのですが)、音楽と知覚の接点はけっして見つからないでしょう。一般化した大風呂敷を
広げるのではなく、ひとつでもいいからまず個別の事態において、例えば、知覚の錯誤なりなんなりが
音楽作品でいかに具体的に現れるのか、その辺りをちゃんと説明づける必要が、風呂敷を広げた手前、
彼にはあると思います。残念ながら、彼の昨年の、いやこれまでのオーケストラ作品や、
作曲以外の彼の音楽的営為の内部で、さらには論文でそれが十分な説得力を持って行われてきたとは
とうてい思えない。いつもどこかではぐらかされます。

 まあ、そのうち今日の録画が新しいCSデジタル放送でオン・エアされるので、機械を買って(!)待ちましょう。