オペラの指揮台に上がるというのはそういうことで、こういう経験なしには指揮台になんか
恥ずかしくて立てたものではない、ということを、僕は先輩の大野和士さんに叩き込まれて、
実際に現場でそのような数年を過ごす機会に恵まれたわけです。出口の見えない時期は
結構厳しかったけれど。例えば歌手のアプリシエイションのマナーで失敗する、
ソプラノとかテノールとかの偉い人に怒られて、ほとほと懲りたとするでしょ。そうすると
管弦楽のリハーサルでも同じジェントルさでフルートにも金管にもハープにも接する路が
開けてくる、とかね。僕の場合はおよそあらゆる失敗を失敗して、
初めて懲りたようなものだったけれど、ともかく生身の人間から良い演奏を
引き出すために、われわれはいかにあるべきかということを、
理屈でなく身体で覚えていくには、不易流行というのかな、これに勝るものはないと思う。