それはアバドを主体として見るかベルリンフィルを主体として見るかによって
違ってくる。カラヤン・フルヴェンと同じような傾向の音楽をやれよ(゚Д゚)ゴルァ!
と思ってると不満だらけだろう。だけどアバドの方では前任者と同じことをする
義理はないしね。ヨーロッパ人と日本人の「組織」への考え方の違いもあるのでは
ないかな。前者にとって組織は絶えず変化してゆくもの。後者にとってそれは先例
を尊重しつつ保存すべきもの。アバド自身の音楽についてみるとLSO時代よりも
確実にスケールが大きくなっているように思う。まあ「彫塑型」→「流動型」とも
言えるし粗くなったとも言えるが・・・>>591でヴェルディのCDをほめて反論された
がこれホントいいって。騙されたと思っていっぺん聴いてみて。