カラヤン
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0001
NGNGだいたい、音楽を聴いて「精神性が希薄だ」ってどういう意味なんでしょうか?
たしかにあの指揮はやり過ぎ(パフォーマンス)だってのは見ててわかるけど。
0552名無しの笛の踊り
NGNG0553名無しの笛の踊り
NGNGその某指揮者って誰?
0554名無しの笛の踊り
NGNG0555名無しの笛の踊り
NGNG0556愛爾
NGNGしてるから。自分はヘボ合唱指揮者のくせに・・・。
0557名無しの笛の踊り
NGNG宇野信者って、多いよね。
0558名無しの笛の踊り
NGNGカラヤンのせいにしている。大ヴァカ者。
決して自分の耳を疑おうとはしないんだな。
0559名無しの笛の踊り
NGNGあまりほめる人いないみたいだけどね。
0560名無しの笛の踊り
NGNG0561磨亥
NGNG0562名無しの笛の踊り
NGNG0563名無しの笛の踊り
NGNG異性を知らないですんだ、というのと同じくらい。
0564名無しの笛の踊り
NGNG0565名無しの笛の踊り
NGNGカラヤンはドキョソではない。普通の、国際レベルの指揮者。
でも、やたらとカラヤンを尊崇するのは解せない。
耳を疑う。
0566名無しの笛の踊り
NGNG/ノノ⌒⌒ヾ _η
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从ヽ__▽__ 从/ _/ |___,,,,,//
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0567名無しの笛の踊り
NGNG/ _/_|| _
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三二─( (:#::::) )),─二三 ‐― ―― ― ―
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0568名無しの笛の踊り
NGNG表舞台へと引っ張り込むのが、カラヤンの素晴らしいところ。
他人の才能を嫉妬したりせず、評価するんだよね。
人間的には、いい人のような気がする。
0569名無しの笛の踊り
NGNGそういうあんたもやっぱクラオタ
0570名無しの笛の踊り
NGNGたとえば、セル=色彩感の不足 ベーム=官能性の不足
クレンペラー=構造性への過度の配慮に起因する、
色彩性,機能性への配慮の不足
バーンスタイン=官能性と意味の追求からくる恣意性
ショルティ=微妙なニュアンスの不足 てのがカラヤンにはない。
もちろんみんな意図的にそうしてるんだけど。
カラヤンは機能主義者ではあるけど、何か過剰なものを感じさせず作品の
良さを引き出しているのは確か。
しかも19世紀末からのヨーロッパ的伝統を背負った独自の
「新鮮な退廃性」をもっていて、これがたまらない。
不健康の美を追求した指揮者だと思うよ、かれは。
たとえばアバドはもっと健康的生命性をもった指揮者ですよ。
もちろん作品解釈としては、カラヤンが最上ってケースは
多くないだろうけど、それはどの指揮者でも同じです。
0571名無しの笛の踊り
NGNG0572名無しの笛の踊り
NGNGBPOの指揮台に立てなかったのはカラヤンのせいだ。バーンスタインのマラ9
の際の妨害活動は有名だしな。べームも「カラヤンは陰険だ」と言ってる。まあ、
人間性なんて指揮者ではどうでもいいが。
0573名無しの笛の踊り
NGNGクライバーは典型的な例。一方、べームやカイルベルト、サヴァリッシュといったカリスマ
とは無縁の職人系指揮者は積極的にBPOに登場させてるね。要するに、カリスマ的指揮者
は自分ひとりで十分だと思ってたんだろう。
0574名無しの笛の踊り
NGNG陰険な性格に?
0575名無しの笛の踊り
NGNGフルトヴェングラーでしょ。
0576名無しの笛の踊り
NGNGこれは違うよ。
0577名無しの笛の踊り
NGNGまあ、依頼があろうがなかろうが、クライバーは指揮台に立ちたがら
ないよな。
0578名無しの笛の踊り
NGNGカラヤンの伝記はお持ち/お読みですか?
(原著1998年出版。邦訳が確か今年2巻本で出版)
全体として好意的で信用のおける伝記だと感じられます。
カラヤンとクライバーとの関係にも触れていますよ。
0579名無しの笛の踊り
NGNG事実無根。
BPO側はカラヤンの許可をとってバーンスタインに
指揮の依頼はしていたらしい。結局1度だけで終わったが。
バーンスタインはBPOにとって受け入れられない条件を
だしてBPOは断念せざるを得なかったことがあった、とのこと。
晩年両者はVPOとの日本公演を一緒に行う計画を立てていた。
クライバーに関しては、カラヤンは直接「BPOを
指揮しにきてほしい」と要請している。
0580名無しの笛の踊り
NGNGクライバーたんは一回ドタキャンしました。
0581名無しの笛の踊り
NGNGこれ実現してたら物凄いことだよなあ。
猪木と馬場がシングルで対戦みたいなもんだよ。
0582名無しの笛の踊り
NGNG0583名無しの笛の踊り
NGNG息子カルロスの才能は高く買っていた。
ただ「冷蔵が空にならないと仕事をしない」と言って
惜しんでいたと言う事を何かで読んだな。
0584名無しの笛の踊り
NGNG0585名無しの笛の踊り
NGNG>アバドは健康的なのかもしれんが、彼の演奏が生命力に満ち溢れたのを聴いたことが無い。
アバドのどの演奏を聴いてそう思ったの?
ロンドン響とのラヴェルでも聴いてみ。
鮮烈な響きを引き出しているぞ。
こういう演奏を聴くとアバドは「大人」の音楽
をやる人に思える。カラヤンよりはるかに。
0586名無しの笛の踊り
NGNGあ、ロッシーニごときを聴いてるようじゃだめ、っていう煽りは却下ね。
0587585
NGNG>歳をとればとるほどカラヤンの偉大さがわかる。
>たとえば、セル=色彩感の不足 ベーム=官能性の不足
>……
私はアンチ・カラヤンではないし煽りをするつもりもないが
一言だけいわせてもらう。
カラヤン=品格・気品の不足
ここが叩かれる究極の原因ではないかな。
やはり音楽には気品が必要だ。諸々の作曲家の気品に
惹かれる聴き手は多いと思うので。で,逆にカラヤンが
R・シュトラウス得意というのはよくわかる。
0588名無しの笛の踊り
NGNG煽りをするつもりもないと書いてるケド、十分に煽ってるよ。
カラヤン=品格・気品の不足はチョト言いすぎではないの?
カラヤンより下品な演奏はいくらでもあるよ。例えばマーラー9番なんて
あれはあれで格調高い凛とした演奏だと漏れは思うけどな。
0589名無しの笛の踊り
NGNGある意味カラヤンほど
品格・気品がある指揮者はいないのでは?
0590名無しの笛の踊り
NGNG「人類はカラヤンを失ってはならない」というコピーを思い出してしまった。
カラヤンのバッハはあんまり評価されてないみたいだけどね。
0591570
NGNGいいたかったのは、カラヤンが絶妙な位置にいる、ということ。
カラヤンの良さっていうのを考えると、それほど間違ったことは
いってないと思うよ。なんでもカラヤンがベストとは思わないけど、
だから名前を挙げた指揮者は実はみんな嫌いではない。セルなんて
曲によれば、ベストだと思う曲も多い。
>>587 で、気品ってなによ?R.シュトラウスに気品がないって、
意味にとれるけど、そうか??(ぼくは感じるけどな)
例えば、バッハ=気品あり サラサーテ=気品なし
などと、簡単にいっていいのかな?
ストコフスキーみたいにオーヴァーな指揮者も好きだけど、
古典音楽への適正という意味でもカラヤンはあるよね。
カラヤンが叩かれる理由は、あまりに目立ちすぎたからだと
思う。カラヤンブランドってのにはぼくも反撥したからね。
でもアンチの連中の方がおかしい批判をしているときがおおい。
0592587
NGNG>>570に挙げられた指揮者は皆超一流の音楽家たちだ。凡百の指揮者
に比べればすべてを持っていると言えるだろう。しかしこれほど
高いレヴェルで比較するとどこか足りないものが出てくる。それを
>>570で列挙したのだろうと思う。で,その程度のレヴェルで考える
ならばカラヤンに不足しているのはあえて言えば気品ということ。
古典派の作曲家をカラヤン(少なくとも70〜80年代のカラヤン)で
聴きたいとは私は思わない。ハイドン,モーツァルト,ことによると
ベートーヴェンも。その代わり後期ロマン派はまさにはまっている。
R・シュトラウスやシェーンベルクなど。ご質問にお答えすると
私はシュトラウスの音楽には気品は感じない。同時代の作曲家
たとえばストラヴィンスキーやバルトークと並べれば歴然としている。
しかし私がカラヤンについて言った気品の欠如は純粋に演奏
を指している。カラヤンのバルトーク弦チェレなどは実に美しいが
バルトーク独特の精神の緊張は表現できていない。
0593名無しの棒振り
NGNG「ランスへの旅」、素晴らしかった。実はアバドはあまり聴かないのだけど、
あれは一番好きなオペラCDの一つ。
>>592
カラヤンのモーツァルトはオペラ以外は賛否両論あるが、個人的には晩年に
録音した何枚かは好き。ちょっと重いかもしれないけど、気品が欠如してい
るとは思わんな。
0594570
NGNG>に比べればすべてを持っていると言えるだろう。
作品構築ってそういうものだろうか?
ぼくは不足をいいながら指揮者の作品構築
の方法をいってたのだが・・・。セルの完全主義はドイツ系の音楽の再構
築を意図していたと思う。その分、管楽器の色彩性を犠牲にした。
ベームは伝統的解釈を重視し、知的に距離をおいた厳格
な方法をとった。だがそのぶん、官能性の不足を感じるときがおおい。
ショルティはコントラストを明確にし、音をならし、そのことで知的な
爽快感をあたえる演奏を目指した。そのぶん落ち着き、ニュアンスは
犠牲にした。
かれらは全てを持とうとしてません。それゆえ個性的で偉大なのです。
カラヤンの場合、音を磨きあげ、楽器の音の鳴りを重視しつつ、さらに
全体のバランスを計算し,また伝統への配慮もしています。
それで、ある意味で人工美の極地のような退廃美を醸し出しています。
ここが好悪が別れる点ではないでしょうか?また晩年になるにつれ厳密な
構成美を敢えて切り捨てていった気がします。これは気品とは別の問題です。
でも先に挙げた指揮者たちの不足はみごとにみられないのです。
>私はシュトラウスの音楽には気品は感じない
でも「わたし」は気品を感じます(藁)。気品がない、精神性がない、
というのは方法論の問題でなく、
たとえば彼女の外観は魅力がない、てのと同レベルの問題。
でも僕は彼女の外観に魅力を感じる・・・。
たとえ、演奏にかんしても、普遍化してはいけない議論じゃないかな?
好きになれないのなら、美音の重視で構成美が欠如とか
そういう批判になる気がするのだけど・・・。
0595名無しの笛の踊り
NGNG0596名無しの笛の踊り
NGNG0597名無し募集中。。。
NGNG0598名無しの笛の踊り
NGNG>また晩年になるにつれ厳密な
>構成美を敢えて切り捨てていった気がします。
単に弛緩してるだけでは?
0599名無しの笛の踊り
NGNG最晩年のベートーヴェン・ツィクルス(CD)。
4・7番しか聴いてないがあの風呂場で大人数で録ったような
演奏もファンの人々は称讃するのか?
あれは退化・頽廃ではないのだろうか?
0600名無しの笛の踊り
NGNGカラヤン&BPOが好きです
'68年頃から後の録音は、音が痩せてて、音場感も横一列横隊的で鬱
0601570
NGNG「気品」「精神性」は一般論にならない、といっただけよ。
>>598 その点は、考えないとね。
85年以降の演奏は、弛緩じゃないか、とぼくも思うのでね。
0602名無しの笛の踊り
NGNG最晩年のベト全集はカラヤンの名前が無かったら評価されなかっかも。
出た当時がどうだったかは知らないけれど、今どきレコ藝信者以外はあれは聴かないでしょう。
緩み過ぎの感強し。
構成美を敢えて切り捨てていったにしても、あれは既に古典の音楽じゃ無い気がする。
60年代の引き締まった演奏は好き。
0603592
NGNGアンチ(チェリビダッケ等々)にせよスター指揮者(クライバー,ラトル,アバド…)にせよ。
オケ・エージェントとの関係しかり,レコード産業への依存・反発しかり。
いまごろ天国(地獄?)でほくそえんでいることだろう。
歿後10年を経過してようやくカラヤンを客観的に再評価できる時期が到来したのではないか。
私もこれからカラヤンを積極的に聴き直したいと思っている。
0604名無しの笛の踊り
NGNGとても気品がないとか言えないと思うけどなあ。
晩年が弛緩していたのは同意する。ただ、その退廃がいいという向きもあるだろうし、
少なくともWph相手だと良い方向に作用していたとは思う。
私は結構好きだけどね(変態?)。
0605名無しの笛の踊り
NGNGでも届いたのは1950年代のフィルハーモニア管との演奏。鬱だ。
まだ聞いてないがこの演奏の評価ってどうなんしょ?
0606603
NGNGもうあまりこだわりたくないが「気品」ということで言うならば
同年代のジュリーニと比較してみるのが面白いと思う。
0607名無しの笛の踊り
NGNG晩年カラヤンに作為がなくなったと、評価しているひとがいること。
僕には推進力がなくなってものたりないけどね。
でも、やはり並の指揮者ではないとは感じるよ。
ジュリーニと比べると・・・少なくとも国民性の違いは浮き立つ気が。
「悲愴」は基本的に名演がおおいけど(全部聴いてないけど)、
最晩年の悲愴は一時人気があったね。ぼくは76年のBPOのが
好きだけど、たしかに最後のはVPOの良さがプラスに作用しているきはする。
0608アダムスミス
NGNG諸悪の根源、コーホーが死なないと無理だろ。
すでに書かれているかもしれんが
カラヤンはバーンスタインにマーラー9番演奏会のしばらく後に、
またベルリンフィルを振りに来てくれと頼んでる
弟子の佐渡曰くだけど。
0609名無しの笛の踊り
NGNG特にモツレクのコンサートでは、電子オルガン(エレクトーン?)
でやってた。BPOが電子オルガンと共演したのは歴史に残る怪挙。
あんなになめられても熱心に聴いてくれる人がいるんだから
日本はありがたいよね〜〜。
0610名無しの笛の踊り
NGNGだとおもう。 あの文章が人気がでる理由を考えると
なかなかおもしろい。
0611みゆ
NGNG悪くはないと思う。迫力には欠けるかもしれないけど
ブレインのホルンも聴けるし、しかもオリジナルステレオ。
(LPは疑似ステレオだった)
0612名無しの笛の踊り
NGNGマーラー6番を日本でやったときは、カウベルをスピーカーから流した
テープ録音の音で代用したことを、柴田南雄氏が批判していた。
しかし、ショボい生楽器音よりその方がいいこともあるかもしれないし、
一概にけなす気にはなれない。だいたい、評論家も含め、レコードだのCDだので日常音楽
を聴いてる日本の連中が、演奏会に出かけたときだけそういう合成処理を
ヒステリックに嫌うこともあるまいにと思う。
0613名無しの笛の踊り
NGNG自体が聴衆とオケの双方をなめてる証拠といえるけどね・・・
0614名無しの笛の踊り
NGNG軽佻浮薄な音楽に(良い意味で)軽佻浮薄な指揮者。最高のコンビです(皮肉ジャナイヨ!)
なぜ、カラヤンはスカラ座でロッシーニの録音を残さなかったんだろ?
モタイナーイ。
0615名無しの笛の踊り
NGNG0616名無しの笛の踊り
NGNG0617名無しの笛の踊り
NGNGたぶんロッシーニには合わない。べったり重くしそう。
ロッシーニのサラっとした軽妙さはカラヤンの持ちあわせないところだ。
0618みゆ
NGNGフィルハーモニアとの序曲集はけっこういいんだけどね。
0619名無しの笛の踊り
NGNG0620名無しの笛の踊り
NGNG0621名無しの笛の踊り
NGNG多くのメーカーがCDに懐疑的な姿勢だった時代に、よくぞ協力したもんだ。
0622名無しの笛の踊り
NGNGテープでなけりゃよかったんじゃないかな。
その演奏を聴いたことがないから何ともよういわんけど、例えばその日の
気温、湿度、聴衆の雰囲気でテンポもデュナーミクも有機的に変化してい
くはずだけど、事前に吹き込んだ音では「その場で生成される音楽」と乖
離してしまうんじゃないかな。
でも、ほんとに電子楽器じゃなくてテープ録音だったのかな?
0623名無しの笛の踊り
NGNG0624名無しの笛の踊り
NGNG言い出しっぺのカラやんの第九が2枚組ってオチ
http://www.tanteifile.com/watanabe/tamashii/kopipe/kopipe05.html
0625名無しの笛の踊り
NGNGベームの第9は2枚にするためだ。
0626名無しの笛の踊り
NGNG0627
NGNG「カラヤン」と聞いて一番に思い浮かぶCD、漏れはタコ十なんだなー。
DSCHの4音が他の録音に比べ叫んでいる印象が強くて。
0628名無しの笛の踊り
NGNG実際74分のおかげで一幕通して聴ける曲は多い。
0629名無しの笛の踊り
NGNG60年代でもいいものもある。
カラヤンの演奏で好きなのは、70年代のBPOとやったグラモフォンから出ている「悲愴」、
60年代の、カラヤン文庫で扱っている「ブラ1」「ハンガリー舞曲の5番」です。
0631名無しの笛の踊り
NGNGバーンスタイン盤につかれた耳には、なかなかいい演奏だと
おもうのだけど。
0632名無しの笛の踊り
NGNGカラヤンは、弦楽器と管楽器を別々に録音し、後で合わせるとぴったり合ったとか、
演奏旅行途上の飛行機の中で、頭のなかで同じ曲を二度演奏して、時間がぴったり同じだったとか
読んだことがあります。それはそれで凄いことですね。
チェリビダッケが古便に「正しいテンポというのはどうやって決めるのか」と
聞いたところ、古便が「それはどう聞こえるかによる」と答えたのは有名な話ですね。
つまり古便にとっては、演奏会場の音響などによって演奏が変わるのは当たり前だったわけで、
カラヤンとは全く正反対の考えということになります。
まあ、だからカラヤンはベルリンのフィルハーモニーホールでも普門館でも同じように(?)
演奏できたわけでしょう。
0633名無しの笛の踊り
NGNGもっと引き締めて速くやってもいいのに遅かったりとか、リズムが破綻しかけてるとか。
その中でも、個人的にはハイドンの軍隊、太鼓連打とか、ウィーン・フィルとのチャイコフスキー4番
などは比較的出来がいいと思います。
70年代の録音は個人的にはやりすぎと感じますね。テンポ速すぎ・・・
同じ70年代でも、ベートーヴェンはDVD化された映像版のほうが聞きやすいと思います。
ところで、84年録音のチャイコフスキーの5番は各パート間のバランスが変に感じるのですが、
そう感じるのは私だけでしょうか?変に木管楽器が浮き上がってきたりするんですが・・・。
0634633
NGNG× 木管楽器
○ 金管楽器(特にトランペット)
です。
0635名無しの笛の踊り
NGNG0636629
NGNG私には、60年代は少し青い、70年代が一番洗練されていて、80年代は良いのも在るけど
ちょっと、首をかしげます。
0637アダムスミス
NGNGソニーの広報の人が書いている
「カラヤンとデジタル」によるとこうだ。
CD開発時、フィリップスの開発陣営とソニーの開発陣営が
CD直径の長さについてもめにもめた。
カセットテープの開発者、フィリップスにしてみれば、
CDの直径もカセットの対角線長さ、11.5センチにしたい。
これは車のカーステレオ用のスペースにもぴったりだ。
しかし録音時間は60分しかない。
対するソニーは新しい媒体なのだからもっと録音時間は長くしたいと
12センチを提唱。この場合、ご存知の通り録音時間は74分48秒。
議論は紛糾。その中には12センチでは背広の裏ポケットに入らない
てなフィリッポス側の意見にソニーは片っ端から背広を調べて
入ることを証明 ってな場面まであった。
(これは開発の目的が背広の裏ポケットに入るようにだったので)
そこでカラヤン登場。
どうせなら第九が入る方が良い
ってなことでCD直径は12センチ、録音時間は74分48秒に決定。
つまりカラヤンは開発技術者のごたごたに終止符を打っただけで
最初から74分にしてくれなどとは言っていない。
0638名無しの笛の踊り
NGNGソニーはCDの開発発表前の77,8年頃に、音楽ジャンル別カセットなるものを
出していた。クラシック用は74分のみだったよ。だからカラヤンがどうとか
いうのは関係ないね。それにあの本、書いたのは広報の人ではなかったはずだよ。
元グレースのカートリッジ設計者がソニーに転職してきたとかなんとかでなかった
かな。
0639名無しの笛の踊り
NGNGカラヤンのマラ5ってそんなによかた?ちとBPOにしては粗いと僕は思うけど。
レニーのも持ってるけど、どちらもあまり聴かないかも。。。
0640名無しの笛の踊り
NGNG0641名無しの笛の踊り
NGNG1枚モノもあるんだよ。楽章が欠落してる戦前の演奏、
つっても知らないか。
0642名無しの笛の踊り
NGNG0643名無しの笛の踊り
NGNGステレオのだろ?知ってらい。
0644名無しの笛の踊り
NGNGチェリが「帝王」になってたら直径13cm(彼のブル8もラクラク1枚に入る)
になってたかもね。
>>642
ビット(レコードの溝に相当)の幅を狭くしているって何かで読んだことあります。
0645631
NGNG第一楽章のトローンとした雰囲気なんて大好きです。
逆にすごく退廃的な雰囲気でね。
第4楽章にかなり焦点をあわせた演奏で、嫌う人は嫌うだろうけど、
でも他のどのマーラーともちがう何かが感じられます。最初のトランペット
たしか、10代の男の子のトランペットだなんてうわさをききました、
柔らかい唇からつくられる音がカラヤン
の耳にかなったとか、真相は?
0646名無しの笛の踊り
NGNGすごい頽廃的な話だね。それ。イイ!
0647名無しの笛の踊り
NGNG録音のCDが、URANIAレーベルから発売になった。どうも演奏会形式の録音らしい。
あまり名の通った歌手が歌っていないようだけれど、ちょっと興味がある。
0648名無しの笛の踊り
NGNG五日市街道沿い、『Be-J』という模型屋さんの隣です。
0649
NGNGまさにその通り
転職したときはカートリッジ設計者だった。
しかし、いまカートリッジなんて開発している?
社内失業状態になったから広報に移ったのだ。
0650名無しの笛の踊り
NGNGその10代のTp奏者は現トップ奏者の
クレッツァー氏ではなかったか?
その後ベルリンフィルに入団。
間違ってたらスマソ。
0651名無しの笛の踊り
NGNG0652名無しの笛の踊り
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