故 宇野 功芳先生のワルターのマーラー
前略、ワルターのマーラー、それはまさに古典的な意味において
完璧の極みに達したものといえよう。
マーラーがどんなにワルターの人間性を愛し、
信頼したかはよく知られている。
当初の師弟関係は後には親友の間柄、それも
マーラーにとって唯一の友といってよいほどに発展して行った。
マーラーの創作においてどれほどワルターが相談を受けたか、
そして人生の根本問題において、
マーラーの内心のおののきがどれほどワルターに告白されたか。中略。
バーンスタイン、ショルティ、クーベリックなどだが、
中でもバーンスタインのマーラーは曲に溺れこんだ主観的な演奏という
ことが出来よう。マーラーに体当たりし、自己のすべてをぶちまけてマーラー
とともに歌い、嘆き、絶叫している。ところがワルターはもっと冷静である。
何回も何回も同じ曲を演奏するうちに、マーラーの曲なのか自分の音楽なのか
分からなくなって来ている。それはいわゆる曲に溺れこんだ状態ではなく、
マーラーの長所も短所も知りつくした上で、むしろ客観的に再構成し、
一つの古典曲として過不足のない完璧な表現を行うのである。次は次項。