群雲、関ヶ原へ(下) 新潮文庫
「信長生存中のこの時期、次の覇者は秀吉だと読んだ目はしの利く
男は二人しかいなかった。ひとりは安国寺恵瓊であり、いまひとりが
この直茂だった。
九州を平定した秀吉は直茂に肥前の内において四郡を与えた。新恩を
受けたことにより、直茂は半分秀吉の直臣ということになった。
直茂の印象はよほど強烈だったにちがいない。大坂に還った秀吉は
旺んにこう吹聴して回った。「わしは九州で珍しいものを見てきた。
鍋島加賀守という男だ」評価は年とともに高まった。太閤はもう
ぞっこんだった。「天下を取るには大気、勇気、知恵の三つが
なければならない。だが三つの器量を備えた男は天下にひとりも
みあたらぬ」と太閤はいう。「だが、二つを兼ね備えた男なら三人いる。
上杉の直江兼続は大気と勇気はあるが知恵はない。毛利の小早川 隆景は
大気と知恵はあるが、勇気に欠ける。竜造寺の鍋島 直茂は勇気と知恵は
あるが、大気は持ち合わせておらぬようだ」
直茂の野心が肥前一国にとどまったことを考えると、この洞察はさらに
味わい深いものとなる。」抜粋した。こんなものの生まれ変わりというのは
相当に勇気がいる。いかに私の前世の弟が凄かったか知ってほしい。
直近の前世は東大の先生だったらしい。サンジェルマン戦などを研究していた。
クラシックも聴いていた。前世のセットだった亡父は、サンジェルマン伯爵の
フランスには原発で何度も行っていた。この前世の弟の弟子に晩年接触した可能性
すらある。