協奏曲は指揮者、楽団、ソリストまた楽曲、企画の目的や場所の組み合わせで複雑に変化するわけで
指揮者もソリストもその企画や楽曲に対する考えをそれぞれ持ってるのは当然であって
それらがせめぎ合うなかお互いの落とし処を見つけられるかどうかというのが協奏曲の面白いところだろう。
その1つの形として指揮者に溶け込むというのもあるだろうが、それが基本とかそんな簡単な訳あるかそんな甘いもんじゃねーだろ舐めんなって思ってしまう。
協奏曲かくあるべきなんて協奏曲の演奏機会の数だけあって然るべきで、音楽に限らず普段は余所でバラバラにやってる人間が一緒のことをするってそういうことでしょ