結局そうやってマニュアル化されきれない点を多く残してるがゆえに
独習するものではない、となるわけ。

独習できるということは非属人性、均質で共通化されているということ。
誰の書法にも依らずに和声連結できるということは誰が書いても同じ結果になるということ。

豊かじゃない。
サラリーマンなんてのは属人性を排していつ誰がどうなろうと組織を回さないといけないから
そういうところの徹底はするけど、和声でソレ必要?