相当業界を変えました。クラシックの初心者をホールに簡単に動員させることのできる人だったといわれています。
カラヤンだけは別格でした。一般の音楽家たちの評価や視線には全く関心を示さず、交流もごく一部で、無関心で
あったと見ていいと思います。それよりは詩人、モデル、イブサンローランやF1レーサー、パイロットたちと関係
が深く、方向自体が違っていましたら、新聞も芸術の話題ではなく、社会覧などで記事が書かれていました。
彼がオペラを指揮するとなると、その会場に世界中のトップクラスの人たちが、(音楽は初心者レベル)リムジンで
乗りつけ、美女をはらべかして注目を受けながら、会場に入るという有様が25年続きました。当然その周辺の
トップホテルは満員で、観光ビジネスが繁盛しました。本人もヘルメット姿で、ポルシェの改造車や凡人には
手の出ない車で会場に現れますから、(マフラーを改造してうるさくするのが好きだったと言われています。
ザルツブルグの人たちは音でカラヤンが運転していることを知っていたそうです。)それは強烈で、凄かったです。
(腰が悪くなり、歩けなくなっても改造車のBMWやベンツをセンターラインを超えて運転してました。度重なる
交通事故で脊髄をやられた結果です。)おまけに、彼は高級ヨットを操縦、戦闘機を操縦して、ヨーロッパ周辺の
空港に到着。そこへ美人のモデル出身の奥さんが花束を持って、待ち受けるという演出もやったわけです。
当然、音楽家からは、目の敵にされたわけです。なんだあれは? といった具合です。仮屋崎省吾さんみたいな
美的センスがあったと思いますが、彼の場合は権威的で、いばりくさるというのがどうもネックだったようです。
ピアニストであろうが、なんであろうが気に入らない人には二度と音楽家になれないように後ろで手を回すような、
政治的な面もあったと教授からも聞きました。被害者はフジコヘミングです。私はこういう個性ある芸術家が好き
ですから、楽しむタイプですが、嫌いな人はとことん嫌がったと思います。世俗的だと。  貧相だった作曲家を
おちょくっているというスイスの記事を見たことがあります。奥さんが未亡人になった際の相続金は円で約 150億円です。