ジョージ・セル指揮のベートーヴェン交響曲第8番について。
渋々、初めて聴いてみた。マリア・カラスと一緒で違和感を感じたが
変わった演奏で最後まで聴いた。確かにセルらしい個性はある。
フルトヴェングラー グレート・レコーディングズより。こんな
エピソードがある。
「フルトヴェングラーの偉大さを証明する手がかりは枚挙にいとまがないが、
この本に着手するずっと前、意外な時に特別な証言を聞くことができた。
私はマリア・カラスの本も何冊か書いており、彼女と近づきになることができ、
ともに時間を過ごせて幸運だったと思っている。カラスは思ってもみない分野に
興味を持っていて、よく驚かされたものだが、なかでもいちばん意外だったのが、
一九六八年八月のある日の出来事だった。転落事故で肋骨を数本折ったカラスは、
このときダラスで療養中だった。診療の予約があったので、私は車で彼女を
迎えに行った。エンジンをかけると、ラジオから交響曲が流れてきた。
スイッチを切ろうと手を伸ばした私を、カラスが制した。「いいの、消さないで。
ベートーヴェンの八番は大好きな曲なんだから」
これは驚きだった―カラスのようなソプラノ歌手までも、ベートーヴェンの
交響曲第八番の良さを認め、愛していたとは!だが曲が進むにつれてカラスは
いらだちを隠せなくなった。「このフレーズはおかしいわ。旋律線はどこに
行ってしまうの?だめだめ!この指揮者は何をやってるのかしら?呼吸がないじゃない。
まったく、ばかげてるわ。」曲が終わる前に医者のオフィスに着いてしまったが、
カラスは最後まで聴いて指揮者を確かめるため、車内にそのまま居座った。
最後の和音が消えて、アナウンサーが説明する。「お送りしたのは、ベートーヴェンの
交響曲第八番。演奏はクリーヴランド管弦楽団、指揮はジョージ・セルでした」
 それを聞いたカラスはため息混じりに言った。「ずいぶんとレベルが落ちたものね。
今やセルが大指揮者と呼ばれるご時世なんだから。フルトヴェングラーに
比べたら、彼なんて小物なのに」。私は信じられない気持ちで、口ごもりながら
たずねた―むろん彼女の批評には賛成だが、その断定ぶりが意外だったのだ。
続く。