>>605 カレー博物館、カレーミュージアムは2007年に閉館しているらしい。
確認した。この後白河法皇の1195年に関連するが、陳舜臣の中国傑物伝。
中公文庫。
第十四話 順治帝 六歳で中華帝国に君臨する
中国の歴代王朝のなかで、名君に最も恵まれていたのは清朝であろう。
中略。この順治帝は在位十九年であった。もちろんその初期は叔父ドルゴン
が摂政として、すべてをとりしきっていた。ドルゴンの死によって、
順治帝は十三歳で「親政」し、十一年後に死んだ。年わずか二十四歳であった。
中略。順治帝時代で特記すべきことは、ダライ・ラマ5世が、北京に入朝して
順治帝に謁見したことであろう。中略。順治帝の死はその四ヶ月あまり
後であった。激情家の順治帝は、とう氏の死を悼むあまり、出家したのだという
噂が、当時から民間にひろまっていた。皇帝出家は異常のことであり、
「崩御」ということにして、八歳の皇太子が即位したというのだ。これが
康煕帝である。
出家した順治帝は五台山清涼寺の僧になったという。中略。
朱子学に傾倒して、仏教には関心が薄かった康煕帝が、五回も五台山へ
行幸しているのは、奇異なことといわねばならない。しかも康煕帝の
五台山訪問は、五回とも彼の治世の前半であり、ある時期からぱったり
と行かなくなった。
 五台山にいる父に会うために、康煕帝は五台山へ行ったが、父が
ほんとうに死んだあと、もはや行くこともなくなった、と推測する人もいる。
中略。私は八分二分で、順治帝出家説のほうにくみする。だが、順治帝が
五台山清涼寺で、院政をおこなったかどうかはわからない。以下、省略。