-++ヘルベルト・フォン・カラヤン++-Nr.53 [無断転載禁止]©5ch.io
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0535名無しの笛の踊り
2016/06/23(木) 15:53:26.42ID:2CwMgEkI〈先取り〉企画 毛利 元就軍団
吉川 元春 15頁
天正十四年(一五八六)、九州征伐が始まると、秀吉は
四国征伐に参加しなかった元春のことを気にして、こんどこそ
従軍せよといい出した。隠居したのは病気のためだからと、
元春は立ち上がろうとしない。事実、元春は腫瘍をわずらって
いたのだが、秀吉は不快の念をあらわにして執拗に元春の出陣を
迫った。毛利家の先行きにも関わることだからと、輝元と隆景に
説得され、元春はしぶしぶ九州征伐の陣営に入ったが、その年十一月、
腫瘍が悪化して小倉の陣中に没した。五十七歳だった。黒田孝高に
招かれ、出された鮭が持病に悪いと知りながら、礼を欠くまいと
してそれを食べたのが、直接の死因だという。中略。
まれな読書家であり、文人の側面をもっていたということである。
『古今和歌集』『伊勢物語』『源氏物語』『太平記』や『論語』などを
愛読していた。
富田城の包囲戦が長期にわたったころ、元春は洗わい城の陣中で『太平記』
四十巻を、流麗な筆で写し終わった。以下、省略。
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