ホモネタを書くと、コープランドはバーンスタインと同じく政治的に左翼であり、
同じくホモセクシャルだったが、この点ではバーンスタインよりも徹底していた。

女性とも付き合うバーンスタインのことにいら立って「ニセのホモセクシャル」と
呼んでいた。


1982年の冬にバーンスタインは作曲家としてインディアナ大学に迎えられた。
「クワイエット・プレイス(静かな場所)」はここで書かれた。

バーンスタインのマンションはキャンパスから12マイル離れたところにあった。
最後の1週間か10日は毎晩、学生のパーティーが開かれ、バーンスタインはその全部に
顔をだした。
最後のパーティのために、バーンスタインは「二人乗りの自転車」の替え歌を作った。
彼はこの歌を音楽学部の学部長に捧げ、パーティの席上で当人に歌ってきかせた。

 「お願い先生、先生のをみせて!
  先生が大好き、もう夢中!
  ぼくのを見たい? 小さいよ!
  だってぼくはユダヤ人−−−ー
  でも先生は違う。
  男の中の男!
  きっと、あれも二人分!」


なお、バーンスタインは一人の相手と長く付き合うことを避け、
いかにもホモセクシャルらしいホモセクシャルを軽蔑していた。

少し違うが、今の日本に蔓延るオネエ文化を見てなんと言っただろうか?