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水戸藩士の末裔(まつえい)の厳格な家庭で育った皆川さんは、
幼少から謡曲や仕舞に親しみ、十代で能楽の観世銕之丞(てつのじょう)家から
謡の等級で上から二番目の「九番習」の免状も授与されている。
一方、ベートーベンやバッハなど西洋音楽への関心も次第に深め、大きな心の壁に突き当たる。
「西洋音楽は能楽の謡曲や囃子(はやし)とはまったく相いれない異質のものに聞こえる。
どちらが音楽の本質的なあり方なのか」
思い悩むうちに古レコード店でSPレコードを見つけた。
「グレゴリオ聖歌(中世キリスト教聖歌)」と「ルネサンス期の宗教音楽」。
日本の声明(しょうみょう)や謡曲に近い音色を感じ「身震いするほど感動した」という。

「バッハ以前の時期に音楽はない」という風潮が強かった戦時中の日本。
「ヨーロッパ音楽の根源を調べれば、音楽の本当のあり方が分かるのではないか」。
西洋の古楽との偶然の出会いが、中世・ルネサンス期の音楽史研究という生涯の仕事につながった。
日本古来の音楽、西洋の音楽の双方に接してきたことが
「音楽を広い目でとらえることに大いに役立った」と振り返る。

六五〜八五年には、NHK・FM「バロック音楽のたのしみ」の解説を担当し、
日本のバロックブームの礎を築いた。
番組で目覚めて古楽の道に進んだアーティストも多く「とても幸せなことです」と顔をほころばせた。