>>298
弾き方を要求するのは指揮者の仕事?
それは当然のこと。
指揮者は自分の理想の音やフレーズ感(アーティキュレーションも含め)を
得るために誰でもボーイング等にこだわっている。
でも、ヴァイオリン奏法の立ち入っていいところと立ち入ってはいけないところが
あり、それを皆ちゃんとわきまえている。
しかしカラヤンはそれを無視して、立ち入っていけないところまで踏み込み、全くの
我流の奏法を演奏者に要求したのではないか?

カラヤンの生演奏は東京文化で聴いたことがあるが、弦楽器の音が非常にこじんまり
しており、綺麗だが生き生きしていなかったのを覚えている。