許は「生演奏」という「作品」を至上のものとして、録音という「テクスト」を二次的なものとして否定した。
ヴァントやチェリの「生演奏」を知っているというのが売りだったわけで、ヴァントやチェリという「作者」の意図がすみずみに行き渡った「作品」としてブルックナー演奏とかを賛美していた。
アーノンクールだって巨匠として評価しているわけで、ブリュッヘン評価もそうだけど、古楽器演奏がもたらす音楽そのものの面白さには無感覚に見える。
演奏家という「作者」の実存に自分を重ね合わせる小林秀雄的批評だろう。