許氏の考えはバルトのテクスト論と似ているのだろうか?
バルトのテクスト論は「作者の死」と不可分だったと思う。

「テクスト論と似た」考えを持つ人が、あの交響曲を佐村河内守という「作曲者」の
ライフヒストリーから評論するだろうか?