>>340
適当に2人の名前を入れてみた。

>功芳も光俊も「否定性の否定」「肯定性の肯定」の評論であり、それが画期的だった。
>彼らを除く音楽評論家は文体の否定、個性の否定、個人的好悪の否定、レコード会社
>や演奏家の悪口は禁止(否定)という否定性がテーマだったからだ。

>それは日本の音楽雑誌が品の良さを求められていたからだが、どういうわけか功芳、
>そして遅れて現れた光俊は出版社やそのタニマチであるレコード会社の思惑から外れ
>「書きたい放題」を敢行した。

>しかし、功芳は年齢や貢献度も大きかったので「否定性の否定」「肯定性の肯定」
>の音楽評論も気が付けば治外法権を認められレコ芸の看板執筆者のひとりとなる。
>いまや功芳はレコ芸の巻頭で相撲や映画を気ままに語り始めるに至る。

>一方、光俊はデビューの頃からアウトサイダーで「ルサンチマン」の評論だった。
>レコ芸での活躍を封じられ、もっぱらHMVのコラムやサブカル系が舞台だった。
>「たしかに日本は世界に比べればまだまだ田舎であり文化的には2流国だが、
>しかし日本は豊かで平和であって否定性の対象とするようなものは存在しない」
>という屈折した認識が光俊の心の中にある上での肯定性なのだ。
>そしてこれが光俊の音楽評論の本質なのだ。