>わかりやすく京都に置き換えて説明したわけ

それが全然わかりやすくないんだよね。

京都の例は日本文化の(重要な)ある一面が理解できるかどうかという話でしょ。
あなたも「本質を含む」という書き方をしてるように、本質そのものであるという話ではないよね。
でも許さんが言ってるのは「クラシックがわかる」とか「本当にクラシックを聴く」とかだからね。
それは本質を含むどころじゃなくて、本質そのものについて語ってるんじゃないかな。

京都の置き換えは意図的にかそうでないかはわからないけど、
微妙にフェイズがずれてるんで、判りにくいんです。
許さんの主張が「〇〇でなければR・シュトラウスは理解できない」とかなら、
あなたの置き換えで成立すると思うけど。

で、私に関していえば「クラシックがわかる」っていうことは、作品の核が把握できるかとか、
作曲者の意図が理解できるかということが、第一義だと思ってるわけです。
なので許さんはまるで、「ヴァチカンで教皇に拝謁して、ミサに出席し、意匠を凝らした
建築や美術、壮麗な音楽に触れないことには」、『イエスの言葉を理解できない』
と言ってるようで、どうしてもチャラい女子大生レベルにしか思えない。