許氏にとって、パイタが「つまずきの石」の始まりだったと私は思う。
音楽教育を受けていない許氏は、他の評論家が見向きもしないゲテ者、
色者指揮者の「爆演」をほめあげることで、CDショップや新しもの
好きの好事家の支持を得られることがわかった。
世代的にも、慶應中高大の先輩泉麻人の「私がだけが知っている」
というスタンスに影響を受けている。
パイタでうまくいったが、なにしろ新譜が少ない。佐村河内なる人物を
知ったときに、許氏は直感的に「これだ!」と飛びついたのだと思う。
結果的には、佐村河内事件によって、許氏は音楽評論家生命を抹殺されて
しまったのだが、元はと言えば、身から出た錆と言われても仕方ない。