>>503
>モーツァルトに無知なモツオタさん。

良い音楽を聴くのに知識は必要ないよ。
俺はモーツァルトの音楽の愛好者ではあるがオタクではない。
人間モーツァルトには別に興味もないんだよ。
たとえそれらの無名の作品をすべて贋作として排除しても、モーツァルトの評価が下がるわけではないと思うが?

>フィクションを基に実在の作曲家モーツァルトを語るのは本末転倒。

あの映画で描かれたモーツァルト像は、 一般的なモーツァルト像を著しく逸脱するものじゃない。
一度聴いただけで曲を覚えたり、頭の中ですでに作品が完成している等のエピソードも史実の通りだ。
また実際にモーツァルトの音楽がふんだんに使われていて、作者は勿論それらをリスペクトした上でモーツァルトの無類の天才ぶりを表現しているのであって、本末転倒などではない。
主人公はあくまで凡庸な庶民の代表者たるサリエリであり、モーツァルトはそれを強調するための“光源”として描かれているに過ぎず、人間的描写はいい加減で、おざなりなものだ。

>答えは、そんな作り話ではなく、作品自体にあるんだよ。

だから説明したように、作者がサリエリの目を通して伝えようとしたのはその「作品自体」の魅力であり、それらを産み出した天賦の才へのリスペクトであり感嘆であって、
それを引用することがなぜ、歪んだ願望による誇張やウソによってモーツァルト像を捏造するためだという疑惑になるのか?
批判のための批判、下らない揚げ足とりにしか見えないな。