1955年、カラヤンはベルリン・フィルを率いてアメリカ・デビューをした。
ニューヨーク・カーネギーホールでの演奏会。
カラヤンがステージに現れるや、客席から「ゴー・ホーム・ナチ野郎!」の声が飛んだ。
カラヤンは予定通り二度のコンサートを指揮して帰国したが、二度とアメリカを訪れることはなかった。

カラヤンがナチに入党したのは1935年、ドイツ北西部の古都アーヘンの音楽総監督になったときだった。
市長に呼び出され、就任の条件としてナチ入党を示されてのことだった。