私達の誰もがカール・ベームに太刀打ち出来ないのは、彼が大勢の
作曲家達と知り合いになり、彼らの助言を受ける事が出来たという
点にある。だからこそ、ベームは今日では作品への忠実さの保証人
としての評価を得ていて、誰もが自分の解釈を彼の解釈と比較する
必要がある。
しかし、例えばリヒャルト・シュトラウス、ヒンデミット、ベルク、
プフィッツナーなどのベームが若い頃に識った音楽家との深い繋が
りは、彼自身の記憶共々、私にすれば一番大切な事ではない。
寧ろ私が感嘆しているのはベーム自身であり、指揮者、音楽家とし
てのベーム、その紛う事のない個性である。
私とは正反対で、彼は「ナクソス島のアリアドネ」を指揮するにし
ても更めて総譜を研究しておく必要をもたない、そういった音楽家
である。
彼はこのオペラや、その他沢山のオペラと共に成長したのであり、
私達には欠ける何物かをその少年時代に摂取した。
モーツァルト、ワーグナー、シュトラウス、ブルックナー…、私達
が彼のレパートリーに数える総ての作品についての彼の解釈の正当
さは彼が育った伝統に、神が彼に与えた恩寵と才能に由来する。